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美術ラボ・エリテの色彩講座2

近代絵画における色彩理論の祖と言えばシュヴルール。色彩画家として名をはせ、セザンヌがその色彩を学んだ巨匠ドラクロワも、シュヴルールの理論に基づいて自らのパレットを構成した画家のひとりです。マンセルであれイッテンであれアルバースであれ、その後の色彩理論が前提とする最も基本的な配色の定石はシュヴルールによってまとめられました。

彼の色彩理論の大前提とは、ある色がどのように見えるかは他の色との力学的な作用によって異なってくる、ということです(「同時対比の法則」)。もっとも、細かいことを言うならば、シュヴルール自身が過去の美術に学ばんと様々な配色を紹介してもいるように、こうした色彩現象がそれまで全く知られていなかったというわけではないでしょう。書物としてまとめ、誰もがアクセスできるような形で世に流通させた最初の人がシュヴルールだった、ということなのでしょう。


シュヴルールの色彩論を当教室の演習ではどのように使っているか、簡単にご紹介します。


まず、彼の色彩論の特徴は二つ。


一つめは、色彩の魅力を時間と空間、運動において捉えるところにあります。たとえば、色彩の調和について記述する箇所で彼が真っ先に挙げているのが、「単色」と「二色間のグラデーション」の美しさ、です。ここで単色の美しさとされているのは色の拡がりのことを言います。彼が例に挙げているのは、「色ガラスのフィルターを通して見える、輝きを帯びた色光」とか、「羊皮紙に単色のインクが滲んでボーッと浮かぶ色斑」などです。〈注1〉これは、音に喩えるなら音色そのもの、教会や寺院の鐘の音、高級なグラスの触れあう音のように、ある持続を持ったそれだけで浸れる感覚的刺激のことでしょう。



二つめのポイントは、色彩がその組み合わせによってまったく違った色に見えるという現象に基づいて論を組み立てているところです。色相、彩度、明度の三つの要素は色の組み合わせによって異なったものに見えます。一方の色が他方の色に作用する力にはある法則性がありますが、これはプラスに働くこともあればマイナスに働くこともあります。(何事も起きないように見えることもあります。)このような色彩の組み合わせによって生じる効果を彼は「対比」という言葉で表しています。


以上の点を踏まえつつ、当教室では次のような課題をやってもらっています。(興味を持たれた方はこちら。)この課題において、ポイントは配色間の差異と連続性です。これは絵画的な奥行き・空間を構成するための配色でもあります。(ちなみに明度と彩度を調整するやり方もレッスンします。)


課題:二色の構成で、条件が以下のもの


1 色相・明度・彩度の対比

2 色相・明度・彩度のいずれかが同一もしくは近似で、他の要素がかけ離れているもの

3 色相・明度・彩度の二つが同一もしくは近似で、一つの要素だけがかけ離れているもの


これらの条件を満たしつつ、ひとつひとつの色が「活きる」ような配色を探ります。最後に、これらの配色をもとに、ある条件に従って差異と連続性をそなえた三色構成をしてもらいます。〈注2〉


色彩を運動として(空間であれ時間であれ)扱えるよう準備を整えたところで、色面構成を前面に押し出した絵画作品に挑戦してもらうことにしています。(お手本はド・スタールなど)


シュヴルールの色彩論はとても具体的で、テキスタイルデザインや室内装飾、絵画や建築、肌や髪の色に合わせるべき服の色などなど、様々な配色をとりあげてしらみつぶしに批評を加えていくというスタイルで話が進みます。いまだ経験則にとどまり法則に還元しきれてないように見えるのですが、彼は正直に、これは学術的な本ではない(理論書ではないという意味で)、と書いています。化学の教授でもあったシュヴルールならではの見識だと思います。色彩の活かし方はひょっとするとこれが全てではないかも知れない、そう思わせるように書かれており、彼の本を読むと自分でも「美しい配色」を事典風に列挙してみたくなります。



参考図書 『シュヴルール色彩の調和と配色のすべて』(M.E.シュヴルール著 佐藤邦夫訳 青娥書房)


注1 前掲書の一部を引用しておりますが、原文を少しカットしてあります。


注2 ちなみにシュヴルールが挙げている配色の例で最も簡単なのが「すべての色彩に同じ色を混ぜる」ですが、演習するまでもなく簡単なので省略しています。ちなみにシュヴルール自身が、同じ色混ぜるって言っても全部似たような感じになっちゃダメだぞ、と但し書きを加えているように、あくまでも個々の色味を引き出すというのが重要です。

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