更新日:2022年10月19日
今回はロシア構成主義を見ていくわけですが、その前に、ケペッシュ『視覚言語』のおさらいをしておきましょう。『視覚言語』では、我々の知覚がある傾向を持っており、我々はそうした傾向のもとで美術作品を見ているのだということ、またそうした知覚の傾向性を活用しつつ作品を制作すべきであることなどが指摘されていました。つづけて、美術作品に見られるさまざまな空間のありようが紹介され、また、作品を構成する諸要素(色彩やマチエールetc)によって相対的に自律した空間が構成されることが、新たなテクノロジー(機械技術)が、より今日の我々の経験をリアルに表現するだろうといった期待が述べられていたのでした。
ケペッシュに続いてロシア構成主義をとりあげるのは、次のような理由からです。
自由主義と共産主義というイデオロギーを除けば、ケペッシュもロシア構成主義も掲げている目標は似ています。すなわち、テクノロジーの駆使、効率性(機能性)・経済性(コスパ)の追求、誰もが享受できる文化の構築・・・こういった条件を満たす理想社会を作るために芸術を役立てること、です(ケペッシュが「現代的状況」に適応するための指針として挙げた「単純さ、強さ、正確さ」もここに含まれるでしょう)。ケペッシュの『視覚言語』出版とロシア構成主義の活動期は近い、『視覚言語』のほうがわずかに10年ほど後ですが。
以上のような問題設定においてケペッシュとロシア構成主義は似ていますし、また、誰のためにデザインするかという点も似ています。ケペッシュの場合は時間がなくて忙しい人たち、ロシア構成主義の場合は[文字を読むことが難しいような]大衆、どちらも、難しいことや情報の取得に時間のかかることは受け付けない人々というものが前提とされ、そういった人々にアプローチすることを考えます。彼らの理論と実践は、社会と「美術・芸術」の関係を考えるときひとつの範例であり、また、今日でも我々と共にある[ほとんど記憶の底に沈んでいるとは言え]過去でもあります。
よく似た理想を共有したケペッシュとロシア構成主義ですが、違いもあります。問題設定として捉えたとき、目標は似ていても状況や条件が違います。そこから出てくる違い、それがケペッシュに続いてロシア構成主義をとりあげる理由であり、今からそれを見ていきます。
ケペッシュにとって美術の目的は、近代化が進み複雑化した「今日」における知的・感性的な情報や知覚経験を“表現”と“伝達”によって社会全体に行き渡らせることにありました。ゆえに「広告芸術」や「雑誌」がその最適解となります。「コミュニケーション」がキーワードです。一方、ロシア構成主義は生活の“組織化”そのものへと向かいます。ソヴィエト建設と歩みを共にした彼らは党のプロパガンダのための雑誌や広告も作りますが(後にこれがメインになっていきますが)、家具や道具も作ります。先進的な社会主義の理念に基づいて生活環境そのものを作り上げること、それこそがロシア構成主義の本来の目的です。
モノをどのように作るかというテーマは、芸術作品および芸術家の社会的役割を考えるとき、避けて通れません。なぜならモノを作ることは[社会的動物としての]人間の生き様そのものでもあるからです。過去のものであれ現在のものであれ「社会」なるものからいったん距離をとり、あらためてモノを作ることを主体的に“組織化”しようとするとき、そこには思想が関わってきます。デザインとは職業ではなく態度であると言ったのはモホイ=ナジですが、ロシア構成主義にとってデザインとは「素材の組み立ての共産主義的表現」でした。(ですので、問題として検討するためにエリテではその政治性についても触れますが、ここでは省略します。)
ケペッシュの『視覚言語』がおもに知覚の組織化の話だとすると、ロシア構成主義は作り方(事物の組織の仕方)のロジックです。その要点を整理すれば、制作者の主観を否定し、与えられた素材から必然的に・あるいは客観的に推論できる形で事物の構成が導き出されること、となります。
エリテでとりあげるのはロシア構成主義の制作の論理、「コンストラクション」と「ラクルス」です。コンストラクションとは、「コンポジション」との対立で考え出されたもので、コンポジションの代表として敵にされたのがカンディンスキーです。コンポジションは画面枠内のフォルムが恣意的であり、何かを取り去っても全体の構造が影響を受けることはない、とされます。一方「コンストラクション」は、全てのフォルムが与えられた要素(たとえば画枠)から幾何学的な相関関係によって導き出され、一つの要素を取り除くと全てが崩壊するような、部分と全体が密接に結びついた構成・構造(機能=経済性、合理性)である、とされます。(これだとほとんどの伝統工芸や一般的建築物は「コンストラクション」になりそうな気がしますが、「トップダウン」ではなく「ボトムアップ」が理想のようです。)
コンポジションとコンストラクションの議論には介入の余地がありそうに思われますので、エリテではそれぞれの条件を満たすような例を時代や文化に囚われず探してきてもらい、議論してもらうことにします。

カタログ 『ロシア・アヴァンギャルド展 : ポスター芸術の革命 : ステンベルク兄弟を中心に』(東京都庭園美術館)より
エリテに来てくださっているみなさんにはまずロトチェンコの「ラクルス」を試してもらいました。ラクルスはコンストラクションと近いアイデアに基づいています。コンストラクションのデザインを考える準備段階としても良いように思います。
ラクルスはいくつかのハッキリした条件を有する写真技法ですが、なんといっても「異化効果(オストラネーニエ)」が、出来の良い悪いについて判断を下すための基準です。日常を「揺さぶり」、大衆を目覚めさせよ!というわけです。革命ですから。ちなみにこの「大衆」とか「啓蒙」といった語については、当時の社会状況を考慮して頂きたいと思います。が、なんにせよ「異化効果」は「大衆」を啓蒙するためにのみあるのではありません。「見える(再認)」状態から「見る(直視)」状態への移行を目的とするのが「ラクルス」です。ロシア・フォルマリズムの代表的な批評家として知られるシクロフスキーは「異化効果」をして「知覚」に遅れを生じさせること、と述べています。

この「異化効果」をどのようなものとして考えることが出来るのかを発見すること、それが、実際にやってみて初めて得られる、興味深い点です。課題としては基準がハッキリしていると自分の作品を振り返って考察するときにも議論に迷いがなくなっていいです。(「ラクルス」がロシア構成主義の議論が進む中で「コンストラクション」派や「生産主義」派によって批判され否定されたという事実については、ここでは省きます。ちなみにその批判とは、ざっくり要約してしまえば、写真(情報)なのか抽象画(形式の遊び)なのかわからん!視覚イメージに物質として必然的な構造なんてあるか!ぷんすか!というものですが、ロシア構成主義はおよそ10年ほどの活動期間、しかも相当な駆け足で「進歩」していったこともあり、かなり雑な議論に覆われ歴史に流されていった観があります。その後名を変え姿を変えて世界各地に飛び火していった点も含め、改めて見直す価値はあると思います。)
エリテの演習ラクルス写真はこちらで → エリテ・ギャラリー
次に、ロシア構成主義のグラフィックデザインをさらっと分析・概観したのち、今日制作されているグラフィックデザインをいくつか分析してもらいます。分析のやりかたが掴めれば、あとは先生要らず、自分でいつでも研究できますよね。
グラフィック分析の例はこちら↓


美術ラボ・エリテは通ってくださる方々との議論からネタが生まれ、私(エリテ先生)が資料を漁り、みんなで研究するというシステムです。エリテの未来は皆様次第!では、エリテでお待ちしております!
☆主に参考にした書籍
『ロシア構成主義--生活と造形の組織学』(河村 彩 著 共和国 )
『ロトチェンコとソヴィエト文化の建設』(河村 彩 著 水声社)
『ロシア・アヴァンギャルド』(亀山 郁夫 著 岩波書店)
『ロシア・アヴァンギャルド (4) コンストルクツィア』(五十殿 利治、土肥 美夫 編 国書刊行会)
『ソ連史』(松戸 清裕 著 筑摩書房)
その他書籍、カタログなどたくさん(ただし日本語のみ)