ケペッシュ『視覚言語』

更新日:9月10日

当教室の生徒さんにはふだんデザインの仕事をされている方もおられます。私よりデザインが上手かったりするのですが、自分の仕事を客観的な目で見て批評するための核のようなものが欲しいと漏らされたことがあり(エリテ先生意訳)、なるほどそういった問題があるのかと知って美術関連の古典とされるようなテキストを扱ってみたらどうだろうと考えた次第です。


今日のデザインの基礎を形作っているような理論をあらためて検討してみるということで真っ先に思いついたものの一つがジョージ・ケペッシュの『視覚言語』。『視覚言語』は、1944年にアメリカで出版され大学での講義などを通じて大いに影響を与えたと言われている美術の教科書です。日本の美術学校で行われているビジュアルデザインの演習や試験課題、また絵画作品についての批評分析などを見てみても、日本の美術教育もまたその影響下にあると言えそうです。とは言え、実のところ『視覚言語』それ自体をきちんと読むという機会はあまりないことです(事実絶版中です)。今回改めてきちんと読んでみて、これはレッスンで紹介するのに値する、と判断しました。テキストに挙げられた作品・作例も豊富なので、色々な作品・作家を知るためのインデックスにもなるでしょう。スタンダードな美術史というものを語ることが難しくなりつつある昨今、広大な美術アーカイヴへの導入としても悪くないように思います。


ケペッシュの『視覚言語』はざっくり前半部と後半部の2部に分けられます。後半部は具体的な作品分析。前半部が美術(「視覚言語」)についての認識論的な考察で、彼はこれを「造形上の組織的総合化の法則」と呼んでいます。前半部はほとんど哲学書のような細々とした定義から始まり、あたかも一つの体系を成すかのように書かれておりますので、根性入れないとついていけません。みんながみんな根性入れるというのもたいへんなので、代わりにエリテ先生が要約していきます。じっくり読むと面白いので、時間のあるときに自分で読んでみるとよいと思います。


前半部です。『視覚言語』に書かれた体系的な説明を要約していきます。

まずは『視覚言語』が書かれた目的とはなにか、本文から引用します。


「人間は自己のさまざまな体験に統一性を取り戻し、現在という時代がもつ感覚的、情緒的、知的な諸次元を、分解不可能な一つの全体の中に刻み込めるように努めねばならない。「視覚言語」つまり眼の働きによるコミュニケーションは、人間と人間のもつ知識を改めて結びつける上にも、また、人間を一つの完全として統一された存在に改めて形づける上にも、最も強力な可能性を秘めた手段の一つである。」


「視覚による言語は、コミュニケーションに関係する他のどのような手段より優れているといってよいほど、知識を効果的に伝播することができる。視覚による言語を利用することにより、人間は自己の体験を客観的な形で表現し、あるいは他に伝えることができる。視覚によるコミュニケーションは、 普遍性と国際性とをもち、国語語彙、あるいは文法上の限界もなく、教育のある人ばかりでなく教育のない人にも了解されうるからである。視覚による言語は、コミュニケーションに関する他のほとんどすべての手段よりも一層広く深い自由さをもって、事実あるいは考え方を伝達することができる。」ケペッシュ。


・・・。こんな感じです。まとめましょう。「現在という時代」における「感覚」「情緒」「知識」が人々にあまねく共有されるための造形物を、「国語語彙、あるいは文法上の限界もなく、教育のある人ばかりでなく教育のない人にも了解されうる」ところの視覚言語として生み出せ、と言っております。先の引用文で彼が「体験の統一性」と呼んでいるのはこういった意味での「国際性」と「普遍性」のことです。これが『視覚言語』という教科書が書かれた目的ですね。

やや論点を先回りして指摘しておくと、実はこうした「視覚言語」が掲げる理念から出て来る彼の美術史観や美術教育についての考え方などにあって、触れられないもの、見落とされているかあるいは敵視されたり排除されたりしているものがあります。ゆえにそういったことについての諸問題(批判、議論)というのが考えられるのですが、それは教室にて。まずは『視覚言語』がどんなことを言っているのか、きちんと読むところから始めたいと思います。『視覚言語』はなかなか味わい深く、かつとても重要なことが書かれてある本です。


『視覚言語』前半部を読んでいきます。「造形面における組織的総合」というタイトルが与えられています。いっけん単発の節がバラバラに列挙されているように見えるのですが(そう見えるのは彼の話が脱線しすぎるからだと思いますが)、ちゃんと話はつながっています。


まず最初の部分です。ここで言われているのは、大きさや色(明度や彩度、色相など)、傾きなどはみな画面上にある要素同士の関係によって決まるのだ、という話です。こうした要素同士の関係を「創造的に活用せよ」と言っております。


図1『視覚言語 絵画・写真・広告デザインへの手引』G・ケペッシュ著/グラフィック社編集部訳 グラフィック社 より



次に、話題は画面の枠の必要性へと移ります。画面の枠は大事です。画枠が基準となって画面上の要素の位置、大きさ、向きといった「空間的意味」が決まります。先に触れた要素同士の関係とはプロポーションであったり見かけの値であったりするわけですが、それらと画枠との関係で決まるのは”位置・方向”です。シンプルに考えるなら画像の読み取りには人間の姿勢(視覚像との空間的関係)が決定的である、と捉えておいてよいでしょう。

この二つの要素の関係が「空間的な力」であるとケペッシュは力説しています。寄り道として、彼がここで挙げている「画枠」に替わるかあるいは匹敵する働きを持つものを色々考えることができるように思います(図3)。


図2


Robert Morris


Georg Baselitz



図3



カズンス Alexander Cozens(1717−1786)


続けて、さきに言及のあった「空間的な力」とは何かということが、具体的に語られていきます。ここからはほぼゲシュタルト心理学の知見が開陳されていきます。引用しておきましょう。


「明瞭な表現を備えた一つの二次元面を見ている時、我々は、空間を体験する。その理由は、主として、我々の選択にゆだねられたさまざまな性質と評価が誘発するいろいろと相異なる感覚を一つの全体として組織的に総合し、かつ知覚しようと我々が無意識に努めるからである。」


人間の知覚には、まとまりを作ったり、運動を予測したりというような、ある特定の傾向がある、これがケペッシュがゲシュタルト心理学から学んだ経験則です。たとえば同じ形同じ大きさの矩形であっても、画枠に対してどのように配置されるかによって異なるニュアンスを帯びてくる、我々にはそれらを異なるニュアンスとして受け取る傾向がある、ということです。(図1・2参照)こうした、画面上の要素同士の関係によって生じるさまざまな「空間的感覚」のちがいを詳しく研究する必要がある、とケペッシュは言います。(ちなみに本書の後半部こそが、「空間的感覚のちがいについての詳しい研究」である、という構成になっています。)


続けて、「空間的感覚」のちがいをいろいろと列挙する件に入っていきます。後半部と重複している部分も多いので読み飛ばしたい誘惑に駆られるのですが、いくつか、彼の理論の中心に「ゲシュタルト心理学」があることを確信させるような箇所がありますので触れておきたいと思います。



1 近接 :画面上にいくつか要素があるとき、我々は近くにある物同士をひとつにまとめようとする傾向を持つ、ということの指摘です。


2 類似性・同一性 :方向や大きさ、形、色などが同じである要素同士を他とは区別されるべきひとつのグループとしてまとめる傾向のことを指しています。近接と類似・同一性では類似・同一性が勝つ、とケペッシュは書いています。


3 連続性 :線という要素は連続性を喚起する、ということの指摘です。それによって要素同士がまとまったりつながったり、あるいは区別されて離れたりする、ということです。


4 閉鎖 :我々の知覚が安定性を捜し求めるがゆえに、ある条件の下では諸要素がひとつのまとまりとして閉じたものとなる傾向にある、ということの指摘です。たとえば図のような四つの点が与えられているとき、なんでか分かりませんが四角形を見て取りがちですよね。


さて、こうした話はもちろんゲシュタルト心理学を語りたいがためではありません。ケペッシュは前半部の最後で、「リズム」について解説を始めます。"空間的広がりについての組織的総合化、多義的空間 "というタイトルの節をもって、前半部は締めくくられています。

リズムとはある単位の繰り返しというだけのことではない、本質的なのは「リズムがより次元の高い時間的全体性をおびた秩序であるという事実に存在する」と、ケペッシュは言います。

空間や、あるいはまた画面の外に拡がるような感覚などなど。諸要素が組み合わさることで初めて生じるようなこうした「高次の」運動や空間の感じ、これが表現できてこそのリズムである、ということです。例としてここでは『視覚言語』のなかで挙げられている作品を紹介しておきましょう。




最後に彼はピカソの絵(図)を参照しつつ、色彩や形態、図と地、ここまで解説してきたようなあらゆる要素が、互いの運動を引き継ぎつつ全体を紡ぎ出すようなビジョンについて語ります。(ピカソはこの本で何度も採り上げられるのですが、機会を見てより最近の詳しい研究にも触れていきます。)



ここで参照されているピカソの作品では、一つの色面が「類似・同一」や「線による連続」などによって複数の色面と結びつき、かつ、その結びつきの組み合わせごとに現れてくる形態が異なる、また位置(面同士の前後関係)も異なるという特徴を持っています。複数の異なる空間が共存しているようなイメージです。こうした絶え間ないイメージの切り替わる様を、彼は「リズム」の例として挙げているわけです。パーシー・ゲチュスという音楽理論家の『基本対位法』という本の一節が引用されています。


「それぞれ固有の知覚上の性質を備えた 造形的単位がその前に現われた単位に唱和する。すなわち明るさ、暗さ、色彩、形、フォルムなどすべてが互いを助けあう。ある性質がやめたところから他の性質がその運動をひきつぎ、完全な統一体へと向って行くのである。 」


前半最後に挙げられている作品はプッサンです。ちょっとだけ悪口を加えて(この悪口がケペッシュの思想を表現しているので重要だと思います)、しかし絶賛しています。


準備運動を終えて、いよいよ後半部、作品の分析と批評に移ります。(長いです。)




*(このブログは当教室の紹介を目的として書かれており、レッスン内容の全てが書かれているわけではありません。あらかじめご承知おきくださいませ。)








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