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ロラン・バルトのプンクトゥム(『明るい部屋』)

ロラン・バルト1915〜1980)はフランスの哲学者、批評家。その彼が晩年(1979年)に書いた著作『明るい部屋』は写真論として広く知られていますが、この本の中で彼がこだわったキーワードが「プンクトゥム」でした。手短に、かつ乱暴に要約しますが、「プンクトゥム」をきっかけに語られるのは、意味や意義といった公の目的に個の存在が還元されることへの抵抗であり(ただしこの言い回しには注意が必要ですので後で少々補足します)、証言者(鑑賞者)がいなければ存在しなくなるような「証言」を遺すこと、です。


『明るい部屋』もまた、一見すると政治的な著作です。二項対立の図式を用いて、「敵」や抵抗すべき何かが想定されています。これらを抑えておくとこの本の方向性がはっきりしますので、見ていきたいと思います。(考えてみると矛盾しているように見える箇所は多々見つかりますが、この本の論理構成自体は難解なものではありません。)


敵その1 映画(映像)


映画(映像)が写真と対立させられています。映画は複数の写真から成りますが、一枚の写真に対して続く写真が次々と意味を生成させていきます。単一の写真にはそれがない、停止し凍結した時であり、何物をもそこに付け加えることができない自己完結性を具えている、写真には「未来」がなく必然的にそれは過去へと向かう、そこが重要なのだとバルトは言います。

弁証法が滅びゆくものを統御し、死の否定を労働の原動力に変える志向であるとするなら、「写真」とは非弁証法的なものである」と彼は書いています。(根暗なバタイユといった感じがします。)ここで彼はある目的への収束・特定の方向への流れに対する抵抗の・切断の契機として、「停止した時間」のうちに埋もれたままでいるものたちをそのままにしておくことを言いたいのではないか、と思います。自覚的に、かなり後ろ向きです。非生産的です。スペインのある村では新聞もラジオもあるのに、人々は一時停止した時間の中に止まって生活しているというどこかで読んだらしい話について、私の言っていることはこれと同じだとバルトは書いています。



敵その2 公的なもの・ストゥディウム


バルトは写真というメディアそのものに期待しているわけでは、実のところありません。写真にこだわると同時に(なぜ「写真」なのでしょうね?)、写真なるものを批判してもいます。例えば、今日の写真はその物質的な儚さゆえに死を(個の生きた証を)無差異で平板なものにしてしまった、などと嘆いています。


彼による選別の基準はストゥディウムとプンクトゥムの対立に基づいています。ストゥディウムとは一般化されることのできる関心、知識や教養・文化(への関心)です。自分以外の誰かしらがステキだと思うだろうようなものに抱く関心、あるいは当たり障りのない無責任な関心です。(だそうです。)彼は少々皮肉をこめて「礼儀正しい」「分別ある」関心、と呼んでいます。他方プンクトゥムとは、ストゥディウムの整合性を破壊しにやってくるものです。他を顧みることのない自分だけの関心(私という主体を肉体も感情もない社会的個人に還元することはしない)という、この本を書くにあたって彼が己に課した縛りを尊重すること以外には、これといった定義はありません。あえて言うなら、「愛」です。


なぜストゥディウムとプンクトゥムを対立させなければならないのか、興味関心と愛は違うのだ、というのがその理由です。彼は他でもない個への「愛」にこだわります。そこはもうこの著作の中では一貫してます。

ストゥディウムとプンクトゥムの例をバルトはいくつか挙げていますので、それぞれ見ていきたいと思いますが、ここでは割愛してアウグスト・ザンダーについて書かれた一文だけ紹介していきます。(教室ではなるべく多くの例をみていきます。)ザンダーの『Antlitz der Zeit(時代の顔)』というナチスからの弾圧を受けた写真集について、バルトは次のように辛辣な批判を加えています。(Antlitz der Zeit(時代の顔)についてはこちら

ナチスに迫害されたとは言え、ザンダーの写真はその美的性質ゆえに戦闘的な政治力を形成することはないだろう。政治参加する学問が人相学の重要性を認めたりすることはないし、ひとつの顔に政治的ないし道徳的意味を見て取る能力はそれ自体が階級的な素養に基づくものである。ザンダーの写真に写っている公証人や守衛が見せる尊大さや堅苦しさは、彼ら本人にとっては読み取ることの出来ない「記号」であるだろう。つまり、それらの写真は、すでに批判的な能力を持った人のもとでしかそれとして機能しないものなのだ、と。この肖像写真が人を「考え込ませる」ことはない、と、まあ、これが「ストゥディウム」の限界であると、彼は言いたいようです。(今日でもよく見かけるロジックですが意見が割れそうな論点ですので、これについて皆さんがどう考えるか、教室で訊いてみたいと思います。)このほか、ロシア構成主義の写真についてもそれと明言しないままにではありますが、批判と皮肉が加えられたりしています。


まとめ


一気にまとめに入ります。「プンクトゥム」あるいはプンクトゥムを読みとらせるものとしての「写真」においては、「それはかつてあった」という確実性を具えているということが重要な条件であるとしばしば理解されているように思われます。写真とは物質的な指標であり痕跡であり、かつ撮影者の意図から逃れて事物を記録してしまうメディアであり・・・という次第です。バルト自身がそのように書いているせいもあります。ですが、バルトの「それはかつてあった」においては証言者の存在が、何かが写っているという事実に劣らず重要です。プンクトゥムは徹頭徹尾「私」のものであり、かつ「見えない場」を作り出す、とバルトは書いています。*1


ではプンクトゥムとはなんなのか。冒頭に述べたように、「プンクトゥム」をきっかけに語られるのは、意味や意義といった公の目的に個の存在が還元されることへの抵抗であり、証言者(鑑賞者)がいなければ存在しなくなるような「証言」を遺すこと、です。


例えば彼の両親が写った一枚の写真、これはバルトという証言者がいなくなれば、そこに二人の愛を(その固有な愛を)認める者はいなくなるだろうと彼は書いています。私という証言者なしでは、それはただ「自然な」光景でしかない、せいぜいストゥディウムの役に立つだけである、というわけです。アレグザンダー・ガードナーが撮影した「死刑囚」の写真に彼が認めるプンクトゥムとは、被写体の死刑囚がこれからまさに死のうとしているということです。彼はこれから死ぬ、と同時にすでに死んでいる。そのことに思いを馳せてバルトはびびる(「戦慄する」)、そのことこそが「それはかつてあった」と彼が呼ぶものです。「私の心を突き刺すのは、この過去(かつての出来事)と未来(これから起こる出来事)の等価関係の発見である。」つまりプンクトゥムは、必ずしも誰にでもそのように受け取られ得る(「客観的に存在する」)ものではない、ということです。


写真の人物がこちらを見つめているとしましょう、その時「プンクトゥム」とは、こちらを見つめているという事実ではなく、その視線が表現している世界のありようです。バルトは次のように言います。アンドレ・ケルテスが撮影したモンドリアンは、「知的なことは少しも考えぬままに、ただ黒いベークライトの塊を見つめているだけなのに」、彼の「まなざしが、見ることをやめ、内心のある何かに注意を向けているように思われる」がゆえに、「知的な雰囲気を持つ」。同じくケルテスの撮った一人の少年の写真では、少年の眼差しが「愛と恐れを(彼の)心のうちに引きとめている」がゆえに、バルトの心を打ちます。主体(被写体)がそれとして意識することのないままに醸し出す全体、世界についての一つの固有な彫刻、それが「それはかつてあった」と呼ばれるものです。







失われたものへの哀悼、死を死として、何かに役に立つなどいうことのない絶対的な喪失として抱え込むことが、バルトの目論みの一つとしてあると言えるでしょう。写真とはいわば墓標であり、プンクトゥムは「ストゥディウム」から隔てられ守られた、墓の下に埋まっている時間と場所へ至るための現れたり現れなかったりするような通路です。どれだけ斜め上のことが言えるかを競うゲームではありません。(バルトならそうしたゲームを「ストゥディウム」と呼ぶでしょう。)口に出されることのない、「私」と共に消滅することができるという「自由」を持った読解と祈り、それを彼は「愛」と呼んでいるようです。とは言え『明るい部屋』において混乱させられるのは、彼はその主に前半部分において、「主体の科学」を約束すると同時に「秩序の壊乱」をも強く主張しているように見えるからなのですが・・・。






*1 ちなみに痕跡や指標の重層という点からすれば、彼の議論(プンクトゥムの到来を期待して赴くべき場)は写真に限定されるものではない。また、写真に何かが写っているあるいは現象ということと、写っているものをそれとして認識することとは別であるということについても、バルトはとりあえず触れており、またそうした認識のもとに論を組み立てている時もある(あまり徹底していないように見える)。ここでは議論の大筋を描き出すことを優先し、『明るい部屋』の矛盾点については深く掘り下げなかったことをお断りしておく。

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