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ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンのグリッドシステム

更新日:2023年7月7日

デザインの古典を学ぶシリーズ。エリテではブロックマンの『グリッドシステム』を読んで演習を行います。今回はグリッドシステムの実践演習を一部紹介し、あとはその美術史としての位置付けを語る、という記事になります。


ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンはグラフィックデザイナーとして1930年代の半ばから活動を開始しました。『グリッドシステム』という本について改めて確認しておきますと、これは「実用的な仕事上の道具として」、また、「演習や講義形式の授業において」用いられるべく書かれた教科書です。ブロックマンがそう書いてます。ちなみにグリッドの使用はブロックマンの創意ではありません。彼がデザイナーとしての活動をスタートさせるより前の1920年代から、すでにグリッドを使用したデザインはありました。ブロックマンがグリッドシステムについての最初の本を出版したのは1961年です。要するに、何か新しくて未だ世間に知られていないものを紹介する、という話ではないわけです。訳者あとがきで古賀稔章氏が書かれているように、これはグリッドシステムの取り扱いマニュアルというだけでなく、「ミューラー=ブロックマン自身のデザインの哲学を集大成した著作として位置付けられる」ものでもあります。


著者序文および訳者解説によると、1940年代にスイス・ドイツで巻き起こったグリッドシステムを巡る論争を背景に、ブロックマンは『グラフィックデザイナーの造形の諸問題』というグリッドシステムの解説本を1961年に出版。その20年後、1981年にグリッドシステムを習得するための方法を記述したものとしては初となる本書『グリッドシステム』を出版した、ということです。ちなみに日本語に訳されたのはつい最近の2019年です。私は以前とある学校でセンセーをやっていたのですが、そこで紹介できたのは外国語版のみでした。原書には英訳も載っており、かつブロックマンの話はわかりやすいものではあるのですが、やはり邦訳版があるとめちゃめちゃ楽です。


さて『グリッドシステム』という本のメインはグリッドシステムをどのように設計するかという話。ではグリッドシステムとは何か、ということについて、文字の大きさ、コラムの幅、行間などなど、日本語での実践例も参照しつつエリテでは実際の制作を通じて細かく確認していきますが、この記事では触れません。今回ここでとりあげるのは主にその歴史的な側面、なぜ教科書を書いてまで彼はグリッドシステムを強く推すのか、その理由を見ていきたいと思います。


ブロックマンによればグリッドシステムは次のような目的のためにあります。

1 統一性(sense of compact planning)

2 わかりやすさ=読みやすさ(intelligibility)

3 明確さ(clarity)   

*本書邦訳版より引用。( )内は原文。


これはケペッシュが『視覚言語』で主張していたモダンデザインの目的とほぼ同じですね。ロシア構成主義、新造形主義、モホイ=ナジ、ヤン・チヒョルト・・・みんな同じことを言ってますが、これらモダニズムの流れを汲む一連のデザイナーに共通した理念だと言えるでしょう。


こうした目的を達成するためにデザイナーに求められるのは、文章を強調したり、インパクトの強弱を付けたり、情報の種類を区分け整理したりといった編集力であり、それらを表現する技術です。ここで頼りになるのが以前『視覚言語』で確認しました、ゲシュタルト心理学にもとづく人間の視覚の傾向性についての知識です。


ブロックマン自身は言及していませんが、彼の示す実践を見るとそうした見方を前提としていることが伝わってきます。何が一つながりの単位で、何が別の単位なのか、そういった分節化とその連関を可能にするための補助手段がグリッドシステムだと、ブロックマンは言います。(が、言うまでもないかも知れませんが、「グリッド」だけではそれは不可能です。)なので、『視覚言語』で得た知識を踏まえて、ちょっと具体的に見てみましょう。


たとえばノンブル(ページ番号)の振りかたです。視覚的な効果と道具としての機能(扱い方)の一致が求められます。





図1 ページの両下端にノンブルが振られるパターン。これは、「視覚的な効果として、ページがめくられる際の回転運動を、さらにダイナミックに促進するよう」にする、と書かれています。言われてみるとナルホドではないでしょうか。


図2 各ページの中央下(本文に対して中揃え)にノンブル。これは各ページの中心軸・左右の対称性が強調されるがゆえに、それぞれのページの独立性が強調される振り方です。「静的で安定的に見える効果」とブロックマンは書いています。使用例は示されていませんが、画集や写真集などに向いていそうです。


図3 ノド側(本を綴じている側)にノンブルが振られるパターン。「見開き2ページの中央軸を視覚的に強調する効果がある」と書かれています。具体的な使用例は示されていませんが、見開き2ページでワンセットが基本となるような本に向いていると思われます。『グリッドシステム』の原書、それと邦訳版も、ともに本文よりやや大きめの級数でこの振り方になっています。テキストで挙げられている例よりはやや高めの、総じて短めの文が多い本文からさほど離れすぎない位置に置かれています。原書はとくに、英語とドイツ語が1ページ内に併記されるという一風変わった書き方になっているので、このノンブルが活きてくるように思います。


図4 変わった例として、天側(ページの上端側)にノンブルが振られたもの。かつ、本文に対して中央揃え。これは、「その露出度の高い配置によって、ページ番号は高い注目を集めることになる。」と書かれています。なのでページ番号の重要性・注目度が高まる「参考書や辞書」に向いているだろう、と書かれています。ナルホド。


だいたい、こんな感じです。これは書籍のデザインを例にとっていますから、あくまでも本を読むという視線の運動の中で適切不適切が判定されてます。ブロックマンはそのこと(与えられた条件とデザインとの関係)を強調しています。たとえば1ページに表題1語だけなんていう場合、ページのど真ん中に配置してしまうと据わりが悪く感じたりする(眼は横や縦に流れる運動に巻き込まれているので)なんてのもそのせいですね。『グリッドシステム』では、あるページで「悪い」とされていたデザインが文脈を変えた(条件の異なる)他のページでは「良い」とされていたりします。


この他、さまざまなデザインの実作に対して詳しく批評が加えられていくわけですが、留意すべきはブロックマンがこれは教科書ではあるがテンプレを提供するものではないと、繰り返し注意を促している点だと思います。「単一の理論で、個別の問題に対して満足のいくやり方で対処することなど不可能なのである」と、ブロックマンは書いています。ここで彼が「単一の理論」として批判しているのはグリッドシステムのことではなく、単一のテンプレートを使い回すことです。デザインには常に個別の答えが求められる。なぜならば、デザインの出発点となるのは、領域や場(判型や空間の形態・大きさ等です)や「素材」(文章や画像、ロゴなどです)といった所与でありかつ特異なそれぞれの条件および”部分”だからです。部分の構成から全体を立ち上げていくわけですね。同じ条件、同じ素材であっても、目的の設定が違えば、やはりまた異なったデザインになる。学術書か児童書か、詩集か小説かといった条件の違いによっても、異なるデザインが導き出されるでしょう。


なのでデザインという仕事には時間が必要なのだと、手間がかかるのだと彼は言ってます。絵画同様、部分と全体の関係をなんどもやり直す必要があります。このあたり、単にデザイナーや教育者、学生に向けるだけでなく、デザインの仕事を発注する立場の人々に向けても、デザインの仕事を理解してもらうべく書かれているように感じます。ぜひ読んで頂だけると嬉しいですね。


さて、デザインや美術史の教科書を見るにつけ、その「思想」や「政治性」に軽く触れるだけで実践を見ずに済ましてしまいがち、あるいはグリッドシステムをざっと紹介しただけですませがちなものが多いように感じます。が、「グリッド」「モダニズム」の一言で片づけられるその実際をキチンと見るのでなければ、反省や継承を伴った歴史はあり得ないでしょうし、自分事として考える機会も訪れないでしょう。他人事として斜に眺めていたものが、意外にも自分のことだったなんてのはよくあることです。

そんなわけで、まずは『グリッドシステム』をキチンと読むことが、その歴史的な位置付けの考察に先立つべきだと思います。エリテではまずは『グリッドシステム』を読み、実践することから始めます。・・・では、いよいよその歴史的な位置付け(ブロックマン自身が自らのデザイン=グリッドシステムを歴史的な意味を持った行為--デザインによる民主主義--として捉えています)に入りたいと思います。(つづく)

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